2017.09.03
ロンドン科学博物館(8月20日のブログ参照)でテムズ・バリアの模型を見たのだけれど、機構や機能がよく分からなかったので、天気の良い9月2日(土)に実物のテムズ・バリアを確認すべくお出かけした。
セントラル・ロンドンに住んでいると、グリニッジでさえ遥か遠方の気がするものの、ノース・グリニッジのテムズ・バリアまで、地下鉄とバスを乗り継いで1時間強だった。結構近い。
地下鉄ジュビリー(Jubilee)ラインのノース・グリニッジ駅で降り、地上のバス乗り場(Stop A)から472番のバスに乗る。10分弱走りRoyal Greenwich Uni Tech Collageという道端のバス停で降りて歩くのだが、バス停の案内アナウンスが遅れることがあるので、皆さんは右の写真の看板を目印にし、通り過ぎたら次のバス停で降りることをお勧めする。
公園のような遊歩道(リスが居た)を抜け、堤防への階段を上がると、テムズ川と7基の銀色のカニの爪(カタツムリの割れた殻?)が一気に視界に飛び込んできた(川の中の土台は9基)。対岸まで並ぶテムズ・バリアの壮観な景色が広がる。
イギリスでは地理的条件から、大西洋の低気圧によって発生したストームが東側の北海に回り込み、下るにつれ海峡が狭くなることから、テムズ川の河口から高潮となってロンドンの街に襲い掛かることがよくあるそうだ。特に、1953年1月31日に発生した高潮(North Flood ´53)は、イースト・コーストとテムズ河口域で307名の死者を出す大災害となり、政府は恒久的な高潮対策の実施を決定。数多くの公募案の中から、チャールズ・ドレイパー(Charles Draper)技師による回転堰の案が採用された。74年に着工し、82年に完成。84年から正式な運用が開始された。
西側(テムズ川上流側)から見た姿。西側の銀の建屋に、堰を回転開閉させるための油圧シリンダーが収まっている。
東側(テムズ川の河口側)から見た姿。模型で説明されていなかったので、東側の建屋に何があるのかは分からない。
堰を開いている時、当然だがバリアの間を船舶が航行する。この日も頻繁に通っていた。堰の奥に見える高層ビル群は、奥がカナリー・ワーフ。その手前の建設中ビル群(タワー・クレーンが立っている)と後に隠れている白いドーム(黄色い棘がたくさん出ている)は、ノース・グリニッジ駅のすぐ隣にある。ドームは「ザ・オーツー・アリーナ(The O2 Arena)」と言い、一流アーティストの音楽イベントや数々のスポーツ・イベント(オリンピック含む)が行われる有名な会場らしい。今日も賑わっていた。
可動堰の仕組みは、河床に対し垂直に立った円盤の下1/3位に付いた扉を、水上の油圧シリンダーで円盤を回転させて河床立ち上げるというもの。機構も面白いが、世界最大級の可動堰ということで、建設方法にも興味深々。まず、この地が選ばれた理由は、高潮を受け止める構造物の土台として相応しい、しっかりしたチョーク層の地盤があったからだそうだ。構造物の基礎は、まず鋼矢板を打ち込んで締切り(右下の写真)、その中にコンクリートを流し込んで構築した。資材、特に可動扉やその下のコンクリート土台は、陸上で製造して現地まで船で運び、クレーンで吊って慎重に降ろし、河床に設置する方法が採られた。
テムズ・バリアは飽くまで防災施設であり、観光色はあまり強くない。現地では堤防の上にカフェがあり、お土産がほんの少しだけある。そこで£5を払うと、1階下のインフォメーション・センターに入場できる。そこには、ロンドン科学博物館に展示されていた模型の“電動版”が設置されており、水位の高まりに応じて可動扉が回転してせり上がる様子が再現されていた。なかなか面白い。残念ながら模型は撮影禁止なので、左下にオペレーション・ルームを再現したセットの写真だけを掲載する。機能確認等のため、毎月1回は試験稼働をしており、年内日曜に行われるのは来週の10日だけ。予定がなければ、行ってみようと思う。
地震がほとんど無いヨーロッパでは、自然災害への取り組みはそれほど重要視されていないと思っていたが、防災という目的だけで(水力発電を兼ねたダム等ではなく)、これほど大掛かりな土木建築構造物を造り上げるなんて、十分立派な防災意識を持っているではないかと、いたく感心した。巨大地震や津波は、発生すれば大災害となるものの頻度は少ない。それに対し、世界の多くの国と地域が最も頻繁に直面している災害は、何と言っても洪水・高潮だ。先進国に対して日本の防災技術を紹介し、世界の災害対策に取組むなら、洪水・高潮に一旦焦点を縛った方がいいかもしれない。
こういった防災施設を見る度に痛感する。
尊い人命・財産・生活・文化・社会を自然災害から守るには、大自然の猛威に立ち向かう「情熱」と「知恵」、そして事前に被害を抑止する方法を具現化するための「科学技術」が必要なのだと。
人類ならではの“エンジニアリング”を駆使しなければ、我々に恩恵を与えてくれる一方で時に理不尽な振舞いをする大自然とは、決して“共存・共生”することはできないだろう。
Copyright (C) modelcar.info All Rights Reserved.