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2017.09.23
フランクフルト・モーターショー③
もう一つの目玉!和製電動スーパーカー見参: アスパーク・アウル
メルセデスAMG・ハイパーカーと並び、私の中でもう一つの目玉車種が、このアスパーク・アウル(OWL)である。
会場ではスタッフの方がお声をかけてくださり、開発趣旨等を色々教えてくださった。彼曰く、社長の吉田眞教氏(44歳なので結構世代が若いとは思うが)はスーパーカー・ブームの影響を強く受けており、実用を越えた正に “スーパー” な自動車を自分で開発するため、まず人材派遣会社アスパーク(ASPARK)を大阪市に設立。そこでエンジニアを雇って派遣しながらノウハウを蓄積し、3年前に世界最高加速の電気自動車アウル(OWL)の開発に着手して、遂に初お披露目の日を迎えたという訳だ。
車名は、夜に音もなく獲物を襲う猛禽類のフクロウ(英語でアウル)に因んでいる。ガルウィングやボディ形状もあるだろうが、やはり100%電動(スーパーカーでは世界初)による “静かな速さ” を象徴しているのだろう。そのスタッフの方によると、1台4億円で限定50台の受注生産販売を2年後には実現したいとのこと。私も本物の和製 “スーパー” カーの誕生を心から期待している。ただ、個人的には単にスペックを競うのではなく、大人になった昔の “スーパーカー少年” 達(私を含めて)の後半人生に、新しく尖がったライフスタイルを提唱できる、包括的な視点からのスーパーカー企画をお願いしたいところだ。
前回私がフランクフルト・モーターショーを訪れた1995年は、ロータス・エリーゼがバスタブ式モノコック・ボディと共に初披露され、イタリア時代のブガッティEB110やフランスのベンチュリ、アストン・マーティンで私が一番好きな93年式ヴァンテージなど華やかな展示車両の中に、和製スーパーカー(?)のジリアート・エアローザがあった。ランボルギーニと提携して発売直前まで行ったものの結局プロジェクトは頓挫した。アスパーク・アウルもその二の舞とならず、成功することを切に祈っている。
私が撮影してYouTubeにアップしてある動画
その他の日本車: ホンダ、レクサス、マツダ
日本の普通自動車で唯一のミッドシップ車といえば、ホンダのNSXである。性能も価格もスーパーカーなので、当然の如くレース仕様車が展示されていた。国内のスーパーGTにはNSXコンセプトの時代から参戦している。トヨタ・ヤリス(Yaris)は日本国内ではヴィッツ(Vitz)の名で知られる大衆車だが、欧州ではラリーの活躍によってヤリスの世界的知名度は高い。因みに私の父の最後の愛車がヴィッツだった。マツダは、2座オープン・スポーツ世界最多販売記録保持車のロードスターに、遂にハードトップ・モデル(待ってました!)を投入した。因みに、私のイギリス赴任前の愛車はマツダ・デミオ(しかも初代)だった。
マツダ・ロードスターのルーフ・オープン・アクション
背の高いドイツ人に交じって、横に広いずんぐりむっくり日本人が目立ったのか、マツダ・コンパニオンの女性が「ルーフ・オープンを見るか」と声をかけてくれて、私のため(?)にハード・トップ・ループを開いてくれた。さすが日本車のコンパニオンは日本人に優しい。オープン時がスパイダーではなくタルガ形状なので、屋根板を収容するだけのシンプルなアクションである。
掘出し物?たくさんの旧車達: メルセデス、マツダ、コルベット、ケーニッヒ等
温故知新ということか、メルセデスはかつての試作スーパーカー・C111を展示し(メルセデスらしくなく、一般入場者のアクセスが制限されていた)、マツダは世界初の量産ロータリー・エンジン搭載車・コスモスポーツを展示していた。マツダのコンパニオン(?男性だったけど)に、「我々も自社の博物館に展示している」と伝えたら、「広島(マツダ本社)か?」と問い返されたので、「いやいや、高知の創造広場アクトランド内、クラシックカー博物館だよ」と自慢げに教えてあげた。
主役の自動車メーカー達とは別に部品メーカー等の出展ホールがあり、その中の旧車展示ブースが圧巻だった。展示趣旨は色々あったようだが、ケーニッヒ512BBターボの実車にただただ感動し、それ以外の情報は吹っ飛んでしまった。
結局、新車発表・即売会はどちらかというと自動車メーカーの営業部隊であり、自動車ファンにとっては新型車でなくとも、過去の名車・旧車の展示で十分楽しめるということだ。実際ヨーロッパでは、旧車の展示会が各地で催されており、以前の駐在中にはベルギーのレトロモービルへ行ったことがある。そういったイベント系の他にも、欧州各地に自動車博物館があるので、それらをひっくるめて今後の欧州散策テーマにすることとしよう。
フランクフルト・モーターショーのレースクイーン事情
記事①の最後に、赤黒2トーンのオペルの写真を掲載したが、車にカメラを向けたらコンパニオンが意図的に画角から離れようとした。「入って」と手で招いてあのショットを撮った。つまり、出展側も見学側も大前提は自動車そのものの堪能であり、コンパニオンは飽くまでアシスタントで、撮影される対象という意識も習慣も無いということだ。だから衣装も地味。
唯一、撮影される前提の立ち居振る舞いをしていたのが、旧車コーナーに居た左の2人のバニーガールである。彼女らはコンパニオンではなく、雑誌(旧車コーナーの主催者)をアピールするための本物のモデルのようだった。
モーターショーとしては、フランクフルトの姿は日本より成熟している。しかし、日本ならではの “Kawaii 文化” の成熟という意味においては、華やかなレースクイーンを擁する東京モーターショーの方がエンターテインメント性に優れていると言えるだろう。楽しみ方は色々だ。
モデルカーの販売コーナー: オートマニア
フランクフルト・モーターショーには、実車やパーツの展示だけでなく、モデルカーや書籍などの関連グッズ販売コーナーがある。また、各ホールの外にある屋外広場にはフード屋台の他にグッズ小屋も数多く出されていた。私が会場に入って、真っ先に訪ねたのが実はここ。実車展示は逃げないが、モデルカーの掘出し物は誰かに先買われると購入機会を逸してしまう。
また、地元ドイツの王者メルセデスは、自社出展会場の中にモデルカーを含むグッズ販売コーナーを設けていた。販売中のモデルカーを柱に縦に並べたお洒落なディスプレイ。さすが王者である。コレクターにとっては、この “メーカー特注モデル” というのが曲者で、通常の流通に乗ってこない。既に持っているかもしれないので “最新” であることをしつこく確認し、メルセデス・AMG・2ドア・クーペを1台購入した。買わずに後悔するより、買って後悔する方がコレクターとしてのダメージは少ない。
結局、全体で15商品(16台)を購入。2/3は既に保有済みだが、イベント会場の割安価格だったため承知の上で購入した。
今後に向けた反省点
結論から言うと、私が好きなスーパーカーや2ドア・クーペは市場としてはニッチでマイナーな領域のため、社会情勢や展示会場の国情に大きく影響を受けるということ。従って、車を知らなくても大金を払ってポイっとスーパーカーを購入する金余り富豪国家や、最新デザインを世に問う伝統のモーターショーなど、開催地の特性を十分認識しておく必要がある。
確かに一昨年の東京モーターショーもそうだった。上海と違って浪費家大富豪の居ない東京だからと思っていたが、自動車大国のドイツでも似たような状況だったということは、こちらから的を絞って出向くしかないという訳だ。11月には金余り国家ドバイで、来年3月にはデザイン先鋭地ジュネーヴでモーターショーが開催される。さあ、乗り込む計画を立てようか。
2017.09.21
フランクフルト・モーターショー②
仕方なく出展?控えめなイタリアン・スーパーカー: フェラーリ、ランボルギーニ、マセラティ
既に新型車の発表は終えているためか、フェラーリやランボルギーニといったイタリア製老舗スーパーカーは寂しい展示内容だった。もちろん、展示場の柵はたくさんのドイツ小市民達に取り巻かれ、一部の裕福そうな人達だけが柵内に入り我が物顔で座席に座るといった光景が繰り広げられていた。そう思うと、ドイツ車メーカーはコンセプトカー等でなければ基本的に近付き放題の触り放題だから、偉いよね。ランボルギーニはフォルクスワーゲン・グループでありながら、たった2台しか出展しておらず、“仕方なく付き合いで出展している” 感が否めなかった。
フランス車の皮を被った独フォルクス・ワーゲン: ブガッティ・シロン
ブガッティも、フランス車・ブランドでありながら親会社はフォルクスワーゲンなので、付合いで出展したといった感じ。やはり、初お披露目の車種でなければ、展示の華やかさも話題性も数段トーンが低くなる。シロン(Chiron)という車名は、先代ヴェイロン開発時の1999年にイタルデザインのスタディ・モデルに付けられていた。ヴェイロンもシロンも、往年のブガッティ・レーサーであるピエール・ヴェイロンとルイ・シロンの名に因んでいる。新興のスーパーカー達とは歴史と伝統が違うよという主張だろう。フロント・グリルの42という数字は、0-400-0km/hを世界記録の42秒(41.96秒)で達成したという自慢だ。本当に凄いのなら、過去のレースの栄冠やスペックを鼻に掛けず、黙って現代のF1かル・マンで実力を証明すべきだろう。
私が撮影してYouTubeにアップしてある動画(装置の不備で音声は未録音)
影の薄い英米車: マクラーレン、ジャガー、ベントレー、米フォード
イタリア車であの程度だったので、英国車のマクラーレンなどは出展すらしていなかった。左下の写真は、屋外に何かの関係で展示されていた1台である。アストン・マーティンは参加すらしていなかった。ドイツを市場と見なしていないのだろうか。まあ、ロンドンに住んでいれば通勤時だけで毎日5台はアストン・マーティンを見る。最大の市場はイギリス国内かもね。
華やかなレーシングカー: GTレーサー、フォーミュラ カー、ル・マン カー、ラリー カー等
ご存知のように、自動車はその誕生と共にレースという競技を生み出している。そのレース専用にチューニング、又は専用開発されたレーシングカーは、何と言っても自動車業界の花形である。アウディやベンチュリがフォーミュラE カーを、ルノーがフォーミュラ・コンセプトカーを、ポルシェやトヨタがル・マン カーを展示していたが、一番賑わっていたのがフォードGT(2代目)の展示ブースである。68号車(展示車両とは別)が昨年のル・マンで初参戦にて初クラス優勝を果たすなど話題性もあった。
レポートの最後となる「フランクフルト・モーターショー③」では、今回初お披露目となった和製電動スーパーカーを紹介。
2017.09.19
フランクフルト・モーターショー①
会期2017年9月14日~24日: ドイツ国民のためのドイツ車の祭典を訪問(9月17日)
ふとしたことで、次の週からフランクフルト・モーターショーが開催されることを知った。前の欧州駐在時、1995年にたまたまフランクフルトへ自家用車で遊びに行ったらホテルが一杯と聞かされ、モーターショーの開催を知って急遽訪ねたことがある。その回は社会情勢上スーパーカーが盛りだくさんで、非常に満足のいく内容だった。その印象が強いため、急遽航空券と最寄りのホテルを予約し、一般公開される最初の週末にフランクフルト訪問を決定。9月16日(土)は重要な用事があったため、その後の夜のルフトハンザ航空便でフランクフルトに入り、翌17日(日)の朝一から終日見学することとした。
思い知らされたのは会場の広さ。各ホール間の移動にかなり歩かされる。帰りの飛行機があるため、無駄なく全体を回ろうと心掛けたが、なかなか思う通りにはいかない。昼飯も取らず、正に駆け足で移動した。圧倒的だったのは王者メルセデスで、地上数階に及ぶ一つのホールを丸々利用していた。BMWなど他のドイツ勢も多くのスペースを占有しており、ドイツ国民のためのドイツ車の祭典という性質が色濃く出ていた。そのためか、メルセデスもポルシェ(下の写真)もコンセプトカー等以外の展示車には触り放題くらいの勢いで開放しており、エンジニアなのかマニアなのか、シャーシの下面をのぞき込む見学者もいて、ドイツにおける自動車文化の浸透ぶりを再確認した次第。さすが世界初のガソリン車を生み出した国だけのことはある。
今回の目玉!ハイブリッド・スパースポーツ: メルセデスAMG・パイパーカー
モーターショーは俗にいう “見本市” で商談が本義のため、一般公開される前にメディアやビジネス関係者らに先行公開されるしきたりだ。その際に最も話題を集めた車が、メルセデスAMGの「オンロードでの走行が可能なF1マシン」こと「プロジェクト・ワン」ハイパーカーである。AMGの創立50周年記念車でもあり、メディア初公開時はメルセデスの現役F1ドライバー、ルイス・ハミルトンが壇上に登場し、紹介に一役買った。ロードカーでは珍しい背びれ(?)も、最近のF1トレンドだ。かつて皇帝ミハエル・シューマッハの全盛時代に、フェラーリがF1モチーフを取り入れたスペチアーレ「エンツォ・フェラーリ」を発表した構図に似たものがある。今期はハミルトンが駆るメルセデスがF1を引っ張って行っている。ワールド・チャンピオンを獲得したミカ・ハッキネンの時代以上に、今がメルセデスF1の全盛期ということなのだろう。
ドイツ人にとっては日常品: メルセデスAMG、ポルシェ、BMW
時代の流れなのだろうが、全体的にコンセプトカーは電気自動車に関するものが多かった。私は原則的に2ドア・クーペにしか興味がないため、写真も撮影しない。左下のメルセデスは写真を掲載するまで4ドアだと気付かなかった。また、オープンカーはできるだけクローズ状態を撮影したかったが、必ずしも閉じてもらえず、時間の関係もあって断念した。それ以前に、車の周りから人が居なくなるのを待って撮影していたため、1枚1枚それなりに時間と忍耐が必要だった。せっかくのモーターショーだったのに撮影だけに時間が取られ、どの車の運転席にも座ることができなかった。
庶民の味方、小粒ながら粋な車種達: ミニ、スマート・ブラバス、フォード、オペル
ミニも電気自動車コンセプトカーを発表していた。2段目のパール・グレー色の車だ。スマートはブラバスと提携したのか、メルセデスがAMGを自社に取り込んだように、スポーツ・ブランド担当として吸収したのか、同系列で車種展開していた。フォード・フィエスタ(3段目右の2台)は、トヨタ・ヤリスと同様にラリーで活躍していて知名度が高い。添え以上に、全く視野に無かったオペル(最下段)が割と良い形状の車種を出していた。後で知ったが、オペルは今年3月にフランスの「グループPSA」 (旧・PSAプジョーシトロエン)に買収されたらしい。そのため少し垢抜けてきたのだろうか(?)。いずれにしろ、今後に期待。
私が撮影してYouTubeにアップしてある動画
続きの記事「フランクフルト・モーターショー②」では、イタリアン・スーパーカーや花を添える役割のレーシングカーを紹介。
2016.03.29
ジュネーヴ・モーターショー
相変わらず、ウェブ原稿の筆が進まないまま、4月に突入しようとしている。
GWを過ぎれば、『世界モデルカー博物館』が開館1周年を迎えてしまう。
当初は、昨年秋ごろにはウェブを完成するつもりだったがそうはいかず、
年内には何とかなるだろうと思っていたが、サーバー障害でやる気を削がれた。
気を持ち直して、年末年始は格闘技番組と乃木坂46初出演の紅白歌合戦を観ながら、
難関だったアストン・マーティン・ヴァンテージとデ・トマソ・グアラの記事を仕上げた。
しかしその後、コルベットで筆が止まったままだ。
閑話休題、ジュネーヴ・モーター・ショー。
もちろん自分で行った訳ではないが、ネットから画像を拾って少々紹介。
今年は私好みの尖ったコンセプトカー等が目白押しだったようだ。
各車種の詳細は、追って専門誌などでご覧になっていただきたい。
私は、気に入った車のメディアキットを数々購入した(通販で)。
予想外の散財だが、久々の魅力的な車たちが百花繚乱なので、嬉しい限り。
2015.11.08
東京モーターショー2015
日本市場は、世界の自動車産業から舐められたもんだ。
上海や中東の“成り上がり金満国家”のモーターショーにはこぞって出展するが、
金持ちでも1台億単位のスーパースポーツにはお金を浪費しない、“アンチ道楽”の成熟紳士の国・日本には、
フェラーリ、ランボルギーニ、ブガッティ、アストンマーチン、ロータス、ベントレー、マクラーレン、ケーニグゼグはもちろん、
フォードやシボレーなどのアメ車でさえ出展しないという惨憺たる状況。市場として魅力が感じられないのだろう。
気持ちは分かるが、メーカーの姿勢として露骨かつ軽薄に思える。悔しい半分、日本人として情けない。
しかし、未だにマツダの初代デミオに乗っている私としては、批判できる立場に居ないので尚更つらい。
それでも、車離れが進んでいると言われながら、最終日のためか会場は沢山の来場者で賑わっていた。
それなりに充実しており、スーパーカー・ファンかつモデルカー・マニアの私から見て、特に面白かった車を紹介する次第。
YAMAHA Sports Ride Concept
今回のモーターショーで随一のコンパニオンとして目にとまった「藤木由貴」女史が受付嬢を務めていた。
電気自動車!! 現代版ISETTAこと piana と、Transformed Mobility ex machina CONCEPT
エンツォ・フェラーリ・デザイナー Ken Okuyama Kode9 & Kode7 Clubman
Radical RXC Turbo & Three Wheeler SLINGSHOT
Nissan Concept 2020 Vision Gran Turismo
Mazda RX-VISION ロータリー・スポーツ・コンセプト & ロードスター(おまけ)
ドイツ車たち (真新しくないので詳細は割愛)
Honda NSX
その他 もろもろ
ここで紹介しなかった車でも、やはり2ドア・クーペがカッコ良かった。車はカッコ良くなくては。
カッコ良くなかったら、単なる日常品の使い捨て「道具」に成り下がってしまう。
それと、車は軽量でなくてはECOではない。100kgの人間が1トンの車で移動するのは愚の骨頂。
電動パーソナル・コミューターも、軽くなくては意味が無い。
自動車文化の発展は、“売れ線”のSUV系へではなく、カッコ良い軽量コンパクト・カーへのシフトに見出すべきでは。
大出力化、大型化に知恵は要らない。1000ps欲しければターボを強力に利かせれば済むこと。偉くはない。
軽量化の中に新しい機能と利便性を盛り込み、カッコ良い乗り物に仕立てることにこそ、技術者の英知が求められる。
それともう一つ。何と言っても安くなくては。モデルカー・コレクターの私には、実車にお金を費やす資金的余裕が無い。
一部の金持ちか自動車マニアでしか、楽しくカッコ良い車に乗れないようでは、文化としての成熟は望めない。
今回、スーパーカー・ファンにしてモデルカー・マニアの私としては、海外のモーターショーも視野に入れねばと痛感。
フランクフルト・モーターショーに行ったのは既に20年ほど昔のこと、ロータス・エリーゼが初お披露目された年だった。
まあその前に、体重を30kgは落として(体力が要るから)、一眼デジカメを買ってからの話になる。
はてさて、いつになることやら。