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2017.08.30

散策番外編 ケンブリッジ

8月28日(月)はバンク・ホリデー(祭日)だったので、ロンドンから北東に電車で約1時間走ってケンブリッジを訪れた。仕事の関係で、ケンブリッジ大学の教授や学生たちとは1994年から付き合いがあるものの、私自身がケンブリッジを訪れるのはこれが初めてになる。それはそうと、イギリスの祭日は、もうクリスマスを迎えるまで無い。日本のシルバー・ウィークが羨ましい。

 キングス・カレッジ・チャペル (King's College Chapel)

1209年に設立されたケンブリッジ大学は、修道院の制度を起源に持つカレッジ制の大学である。

その中でもキングス・カレッジが有名で、観光の目玉であるチャペルは、ヘンリー6世が1446年に建設を開始し、5人目の王となるヘンリー8世の時代に完成(1547年)した。

建設に1世紀が費やされたチャペルは、現代でも大学内の教会としては世界で他に類を見ない、全長88m x 幅12m x 高さ24mという大きさを誇っている。

大学の入り口(写真右上)には係員が立っており、道路を隔てた向いのお土産店で入場券を買ようにと促される。門をくぐると、一面芝生に覆われた中庭が視界に飛び込んでくる。芝生には立ち入れないので、ぐるっと回ってチャペルまで歩いて行く。

入場口から入ると、目の前には天井まで届く色鮮やかなステンドグラスに覆われた窓が広がる。長方形の空間を持つチャペルの四面全てにステンドグラスがはめ込まれ、長辺となる南北両面には1アーチ10種(+アルファ)構成の絵柄の窓が計24ある。東西両面は、18種(+アルファ)構成の大きめの窓となっている。

敷地に面して運河が流れており、観光客用のボートで賑わっていた。元々葦の生い茂る沼沢地で使われていた作業船だったため、中心に竜骨を持たない平底船(パント=Punt)になっており、後ろ側に立って川底を竿で突いて前進させる。パントを使った川遊びは(遊覧観光)は、パンティングと言って人気を博している。ちなみに、私が訪ねた27日のバンク・ホリデーは、ケム川に架かる「溜息の橋」(The Bridge of Sigh)に徒歩で近づくことはできず、パンティングを行わなければ見られなかった。私は時間の関係で断念したが、25日に見たオックスフォードの「溜息の橋」と比べたかったので残念だ。

 フィッツウィリアム博物館 (Fitzwilliam Museum)

ケンブリッジでも一番人気を誇る博物館。収蔵作品の一貫性の無さに驚くが、それもそのはず、元々はフィッツウィリアム7世子爵(Richard FitzWilliam, 7th Viscount FitzWilliam : 1745~1816)の個人コレクションで、彼の死後にケンブリッジ大学へ寄贈されたことで創設された博物館だからだ。私は同じ(?)コレクターとして非常に良く理解でき、納得できるものがある。悪く言えば支離滅裂、良く言えば盛りだくさん。収蔵作品数が膨大で、撮影した写真も膨大なため、私が気に入った展示物だけを紹介する。実は、ここの見学に時間を費やし過ぎて、パンティングに参加することができなかった。

〔考察〕 20世紀の博物館と21世紀の博物館

博物館として展示する対象には幾つかの分類がある。ざっくり言うと、「自然や環境」、「生活や文化」、「科学技術」、「芸術や嗜好品」等に関する文物に分かれる。フィッツウィリアム博物館では、古代国家の都市の一部や埋蔵品、その時代の生活用品や装飾品が一つの主な分野であり、それに加えて純粋に嗜好品(芸術品)として製作された彫像や絵画などが相当量あり、最後に中世の戦闘用具など社会とも科学ともとれる文物が少々彩を添えている。

大英博物館のギリシャ・パルテノン神殿のレリーフなどもそうだが、都市や建造物の一部だった文物は、本来はその場所にて保管され、オリジナルの状態で開示・伝承されていくべきものである。エジプトのアブ・シンベル神殿やオランダの風車などは、オリジナル状態で保存するため丸ごと移設を選択した例だ。そうでなく部分的に剥ぎ取ってくる場合、経緯の如何を問わず “略奪” (あるべき場所からの分離)したと言わざるを得ない。20世紀は人の移動が不便だったから、その方法が社会的にまかり通っただろうが、人の移動と情報の共有が手軽になった21世紀は、特定地域の特性はその地域に足を運んで堪能する方法が最善となる。「本場」「総本山」「聖地」だからこそ、時間・金・労力を使ってまで出向く価値があるのだ。

持ち運びのできる絵画や彫像はどうだろう。昔から “芸術” という名の “商品” であることは間違いなく、昔も今も “収集品” という本質は変わらない。そこで問題となるのが、材質と表現対象だ。頑丈にということで石を彫っても、先に示した収蔵品のように欠けもすれば割れもする。ブロンズや陶器ではどうか。大型の大理石や陶器の乳白色には独特の魅力があるが、如何せん造形がどうしても甘くなってしまう。造形作家の芸術性はともかく、材質で言うならば現代のレジンや型で成形したプラスチック等の方が自在で自由度が高い。結局、20世紀の博物館に収蔵されている個人コレクター用の彫像は、21世紀の庶民コレクターにとってのフィギュアと同じなのだ。対象も神話や戯曲の登場人物から、映画やアニメの登場人物に取って代わるだろう。

右上の『The Bride』(1873年)も、イタリア人彫刻家Raffaele Monti(1818-81) が1847年に大理石で薄く透明なヴェールを表現したから芸術性が高い訳で、現代のフィギュアでなら実際にクリアパーツを用いて、色彩豊かに且つ肌の質感も豊かに表現することができる。おまけに安い。なお、収蔵展示品は1873年にイングランドで複製された磁器製作品である。

私が解釈する “芸術作品”(意義や機能)は、“鑑賞者の脳にどのような刺激を与えるか” である。脳の中の、「美しさ」を感知する部分が刺激を受けて、対応する脳波の生成を促すことだと考えている(私はこれを「マニア脳」と命名)。だから、作品自体のフォーマットは関係ないのである。大理石であろうがレジンであろうが、油絵であろうがエアブラシであろうが関係ないのである。つまり芸術とは非常に私的で相対的、尚且つ鑑賞者(情報の受け手)の中で発生する現象が主体なのだ。

今我々が有難がっている博物館の所蔵作品は、“20世紀人” にとっての芸術であり、我々 “21世紀人” にとっても芸術だとは限らない。これから芸術の主役は、マニア脳を刺激する作品群へと確実に変わっていく。そう、我らが『世界モデルカー博物館』がそうではないか。だから、収蔵されている愛しいあの娘達を私は “美術工芸品=Artwork” と呼ぶのである。

 その他の街並み

ケンブリッジには他にも魅力的な施設があるが、当地で最も有名な老舗パブ「The Eagle」も名所の一つ。かのワトソン&クリック博士が議論を重ね、DNAの二重らせん構造を思いついた場所だからである(写真左:壁には記念パネルが)。

また、ロンドンからケンブリッジへ行くには、ユーストン駅を出発するのだが、そこには映画ハリーポッターで有名になったプラットフォーム 9 3/4があり、係員のいる撮影スポットになっている(写真右端最下段)。

2017.08.20

ロンドン散策 その8

ロンドンはどの方角にレンズを向けても、ポコポコと天に伸びる建設工事用クレーンの多さが目立つ。

 テンプル再び

7月1日(2日付けブログ)にテンプルを訪れた際、王立裁判所(写真右)は眺められても、テンプル教会には行けなかった。そこで8月12日の夕方に行ったものの既に閉まっていたため、教会だから日曜礼拝を一般公開しているだろうと13日(日)の早朝に再び訪ねた。しかし、敷地への扉は固く閉ざされたままだった。敷地は広いのに大通りから入る門は狭く、その建物は私の大好きな“道路出っ張り型”(写真下)である。

テンプル教会への入り口は地味で、気付かず通り過ごしてしまいがちだ。

王立裁判所の前には、道路の真ん中に石柱があり、グリフォン像が鎮座する。

期せずして、英国御用達の紅茶店トワイニングの歴史ある店舗に出くわした。

 ロンドン科学博物館

8月11日にはロンドン科学博物館(The Science Museum, London)を訪問した。表向きは入館無料だが、実質は寄付として然るべき金額を支払うことになる。私のような居住者は、何か税制上の処理があるらしく、色々と聞かれた。

日本でいうなら、上野にある国立科学博物館のような位置づけ。しかし、隣に自然史博物館があるため、ロンドン科学博物館は純粋に人類の手によって生み出された道具や工業製品だけに限定されている。上野の方は自然史も含まれているため、上階にあがらないと工業製品は出てこないが、こちらは入館するや否や、巨大な発動機が出迎えてくれる。

テーマが人工物なので、可能な限り実物が展示されており、小さい道具からロケットまであり、かなり見ごたえがる。ただ、さすがに超大型の船舶やテムズ・バリア(写真3段下)などは模型展示だった。下の写真左端はエニグマである。ナチスドイツが使用していた暗号作成機で、読解にイギリスの天才数学者アラン・チューリングが挑んだ。その成果が現代のコンピューターの起源だとも言われている。ベネディクト・カンバーバッチ主演の映画『イミテーション・ゲーム』を観ていたので、「これがエニグマか」と感慨深いものがあった。右端の写真は、ロタリー(宝くじ)の当選番号抽選機。これも科学ってことなのだ。

やはり、工業化を進展させるには、動力をどうやって獲得するかがテーマだ。現代の便利な時代(たぶん未来はもっと便利になる)は、先人の知恵と工夫と技術開発が積み重なってこそ存在しているのだと実感した。2段目真ん中の写真は、動力でシャフトを回転させ、そのシャフトからベルトで動力を各種工作機に分割する方式の模型だ。実際に動きを確認できる。ここまで道具の数は多くないが、創造広場アクトランドの「創造館」でも実物を用いて再現している。是非ご覧になっていただきたい。

イギリスは何と言っても蒸気機関の発明者ジェームズ・ワットの国。ワットの蒸気機関や仕事場の再現など展示は充実している。また、ウィリアム・ヘドリー(William Hedley)らが開発した世界初の蒸気機関車プッフィング・ビリー号(Puffing Billy)の実物(下の写真)も展示されている。決してイギリス産の車両だけではなく、アメリカのT型フォードやドイツからはビートル、イセッタ、メッサーシュミッなど、そして日本からは何故か日野コンテッサ(写真割愛)が展示されていた。

私は絵画も彫刻(特にギリシャ・ローマ)も好きだけれど、こういった工業製品の展示はもっと好きだ。前者を“芸術”と呼ぶなら、それは“感性”の賜物で、後者を“技術”と呼ぶならば、それは“知恵”の結集であろう。もちろんそこには、芸術性が必要不可欠ではあるけれど。

入館した途端、子供の頃の気持ちに還ることのできる博物館だ。皆さんも是非訪問されてはいかがだろうか。

2017.08.19

007 博物館 in ロンドン

8月13日に、コヴェント・ガーデン(Covent Garden)を抜けてロンドン交通博物館(London Transport Museum)へと行ったものの、何と土日は閉館とのこと。詰めが甘かった。しかし、その一角に、今回最大の掘出し物ではないかという施設を発見した。その名は、『London Film Museum』。それだけだとピンと来ないが、副題(展示テーマ?)は、『BOND in MOTION -The Largest Official Collection of Original James Bond Vehicles』!!!!

要は、007映画に出てきた乗り物等の博物館ってこと。聞けば3年前に開館したそうだが、「地球の歩き方」にも掲載されていない。映画好き(特に007映画)や乗物好きなら、大英博物館よりこちらの方に行く価値が高いだろう。英国のヒット・シリーズ映画と言えば、ハリー・ポッターなどというポッと出の若葉マークではなく、圧倒的に007映画でしょ。必見!!!

 ジェームズ・ボンドの愛車 : アストン・マーティン

実車が展示されているだけでも嬉しいが、その自動車が作品の中で登場するシーンが映し出されていたり、その作品での衣装やデザイン画なども展示されている。そこは、“自動車博物館” でなく “フィルム博物館” と銘打っているだけのことはある。特に、最新作の『SPECTRE』に登場した、この映画のためだけにアストン・マーティンがデザインした DB10 (4枚目の写真)の存在は大きい。ここでしか見ることができないのではないだろうか。とにかく、展示の質が高い。

 英国車 : ロータス・エスプリ 他

乗物として強い印象を与えた車と言えば、やはり『私を愛したスパイ(The Spy Who Loved Me)』に登場する、潜水艦へと変形できるロータス・エスプリだろう。当時は発売されて間もない時期で、型式は S1 (シリーズの第一世代)だと思われる。ジョルジェット・ジウジアーロのデザインしたウェッジ・シェイプのフォルムは、潜水艦になっても美しいままだ。

 その他の国の車達

 小道具や模型

ボンド・カーに並んで有名な007アイテムが、ワルサーPPK。他にも各種携行品のスパイグッズからパスポートなどまで展示されており、007は実在の人物ではと思わせるような演出だ。自動車の他にもバイクやボート、ヘリコプターなども展示されていたが、撮影は割愛した。さすがにスペース・シャトルとなると、実物大ではなく模型だった。それと、スペースの関係か実車がつまらないせいか、フェラーリF355とランボルギーニ・ディアブロは模型だけによる展示だった。アストン・マーティンDB5の模型もあった。スケールは 1/12 ~ 1/8 位ではなかったろうか。きっと、市販商品のはずだ。

カフェやショップもあり、映画のオープニングでよく登場する拳銃のバレル(銃身)から覗いた決めポーズの写真撮影もできる。衣装や小道具は貸してくれる。なかなか憎い演出だ。あと体重を30kg絞ったら、もう一度訪問して写真撮影する予定。皆さんもロンドンに来る機会があれば、是非とも訪問してほしい。必見の価値あり。

2017.08.16

フロイト博物館 in ロンドン

皆さんはロンドンにフロイト博物館があるのをご存じだろうか。“フロイト”というのは、オーストリアの精神医学者ジークムント・フロイト(Sigmund Freud)のこと。ドイツ語発音だと「ジクモント・フロイト」で日本語表記に近いが、英語発音では「シグマンド・フロイド」と聞こえる。フロイトは現代の我々が無意識のうちに口にしている、「無意識(unconscious)」という概念を世界で初めて唱えた人物であり、後世の色々な分野に影響を及ぼした偉大な精神科医、心理学者、哲学者である。世界の観光地の中で唯一、私自身が心理学専攻であったことを思い出させてくれた施設だ。私は8月11日に訪問した。

ユダヤ人だったフロイトは、ナチスから逃れて1938年6月6日にイギリスにたどり着き、9月27日にこの邸宅に定住した。その後も診療、研究、執筆を続けたが、翌39年9月23年に83歳の生涯を閉じている。

彼の死後も妻マーサや末娘アンナらが住み続け、アンナは児童精神分析の先駆けとして活躍した。父の書斎と図書館を保存し続けたアンナが82年に逝去すると、彼女の遺志により邸宅は86年7月に博物館として公開され、現在に至っている。

精神分析という独自の手法によって、人間の奥深い領域に光を当てた偉大な親子の足跡を辿ることができる。

この書斎は、フロイトがロンドンに移ってきてもオーストリアと同じ環境で働けるようにと、息子のアーネストと家政婦のポーラ・フィクトルが移設したのだそうだ。書斎のカウチ(寝椅子)は、「世界でもっとも有名なカウチ」と呼ばれ、フロイトが数えきれないほどの患者に精神分析(自由連想)を行った正にその診療台である。偉業が生み出された瞬間に立ち会えた感じ。

書斎を見た瞬間の感想が、「まるで自分と一緒じゃん」というもの。大先生に対して失礼ではあるが、フロイトの収集した古代からの3D造形物の多さに、コレクターである私自身の性分と非常に共通するものを感じた。本の多さもしかり。私の部屋も書籍(ほとんどが自動車)で壁が埋め尽くされている。フロイト自身が「骨董品コレクションはタバコ中毒に次ぐ癖」と語っている通り、確実に彼は“生粋のコレクター気質”だった訳だ。もちろん、精神分析に活かすためだったのだが、それは私の書籍も同じ。実車情報に精通しなければ、スケール・モデルのコレクターは務まらない。同類の匂いは、一瞬で嗅ぎ分けられるものだ。

邸宅(博物館)の2階では、娘アンナ・フロイトの診療部屋が保存・公開されていた。部屋の外の壁に、フロイト一族の家系図が描かれていたが、ジークムント・フロイトという著名人を輩出すると、何代か遡って、また何代かの子孫まで、研究者たちに存在が掘り起こされ、歴史に名が刻まれていくのだなと感じた。

坂本龍馬の先祖や子孫も同じ。あの偉人が1人輩出されただけで、その家系自体が特別なものとして歴史研究や文化継承の対象となっていく。これも、人間が生来持つ知的好奇心の成せる業なのだろう。

博物館は、ロンドン街中の観光地とは来場者の傾向が全く異なり、この世界に何らかの関係や特別な関心がありそうな大人ばかりだった。それでも施設の大きさに見合った入場者が、ひっきりなしに訪れていた(私は人を避けて写真撮影)。

ロンドンのありきたりな観光地に飽きたら、是非訪ねてみて欲しい。皆さんの訪問が、この博物館が後世にも維持継承されていく資金的支援になる。訪問の際は、お土産もたくさん買ってね。どこかファンキーなフロイト・パペット(指人形)もあるから。

FREUD MUSEUM LONDON
20 Maresfield Gardens, London NW3 5SX
Tel.: +44(0)20 7435 2002    URL: www.freud.org.uk

2017.08.13

ロンドン散策 その5

夏休みを8月9日(水)~11日(金)まで3日間もらい、10日~13日まで集中的にロンドンの観光地を散策した。その期間の見聞をテーマ別にまとめ、何日間かで紹介していく。総じて言えるのは、7~8月の学校夏休み期間はどこも観光客で満ち溢れ、気ままな観光はままならないと言うこと。人気施設はチケットの購入や入館で長蛇の列に並ぶので、思い付きで行くととんでもない時間を待つことに費やす。スケジュールが可能なら、Off-peak時期を狙われることをお勧めする。

 ロンドン・アイ : 眼下に収める都市の全貌

ロンドンの人気観光地の一つ。ウェストミンスター橋から眺めると大きさが良く分かる。135mの高さから、テムズ川対岸の国会議事堂やバッキンガム宮殿、テレコム・タワーやセント・ポール大聖堂など、遠くまで広がるロンドンの街を360度見渡すことができる。8月11日に訪問した。

住んでいる部屋(10階)からロンドン・アイが見えるのだが、さすがにどの建物が自宅か判別することはできなかった。

 DCスーパー・ヒーローズ : レゴで組んだDCコミック・ヒーロー達の競演

ロンドン・アイから、ミレニアム・マイル(テムズ川沿いの遊歩道)と反対側の道を興味津々で歩いていると、いかにも仮設テントという怪しい施設が現れた。私は大好きなバットマンのイラストを見逃さなかった。入場料が£16.5(2千円以上)と高額だったが、9月初旬までの期間限定イベントだったこともあり、取り敢えず入ってみた。すると、『Art of the Brick : DC Super Heroes』 と題された、レゴ・ブロックで組上げたほぼ等身大のDCコミック・ヒーロー像の展示会だった。右のコミック表紙もレゴで再現。

実は私はレゴの大ファンで、結構な数の商品を保有している。東京(江東区)に居住中は、ららぽーと豊洲のレゴ・ショップにもよく通っていた。二十数年前もデンマークのレゴランドを訪ねている。私のレゴによる作品創作のテーマは航空機へ変形するロボットなのだが、バットマンのファンでもあるので、二重に楽しむことができた。作者の創作技量と芸術性に驚くばかりで、最後に現れた実物大のバットモービルは圧巻だった。

 バッキンガム宮殿 : 夏の特別公開

バッキンガム宮殿

衛兵パレードやホース・ガーズ交代などで賑わう観光地だが、エリザベス女王がスコットランドのバルモラル城で静養されている夏の期間、一部の公務室が公開される。日本語の音声ガイドも付いて、なかなか充実した観光内容だった。内部は撮影禁止なので、外観のみで勘弁してほしい。訪問した8月12日は国際陸上の開催中であり、大通りのザ・マルは閉鎖され、翌日のレースの準備が行われていた。

 ロンドン博物館 : 都市の歴史を紐解く

ロンドン博物館

ロンドンという都市の歴史や成立ちについて知るには、ロンドン博物館が最適(8月10日に訪問)。道路のランド・アバウト上に建っており、ローマ人がシティの周りに築いた城壁を取り込んだようなユニークな形式。この日初めて知ったのだが、かつてのシティは城塞都市だったらしい。まだ文明が成り立つ以前の時代から、現代のロンドンが形成されるまでの様々な遺物や文物が展示されている。

2017.08.05

ロンドン散策 その4

さて、先週は航空便で到着した引越荷物の受取りと整理でロンドン散策をお休みしたが、今週末は渡英後初(出張中は省き)の土日完全OFF状態なので、また運動がてら散策に出た。

今回も7月2日同様、27年前のロンドン駐在時に、関心はあったものの実際には訪れる機会が無かった建造物にターゲットを絞った。ロイズ・ビル(Lloyd's Building)だ。あのメカニカルなデザインに、当時度肝を抜かれたことを覚えている。

散策の出発地は、ロンドン発祥の地でもあるシティの象徴・バンク地区。地下鉄バンク駅から出ると、すぐに旧王立取引所(Royal Exchange)に遭遇。今は高級ショッピング街になっているが、金融街の土曜日はお店も休日のようだ。少し歩くと、煌びやかなアーケードが見えてきた。ハリポタ通でない私は知らなかったが、映画『ハリー ポッターと賢者の石』のロケ地になったレドンホール・マーケット(Leadenhall Market)とのこと。しかし、ここもまだ開いていなかった。

さて、今日のお目当てロイズ・ビルに到着。休日だから営業していないため、人通りは僅かな観光客のみだった。周辺が高いビルに囲まれており、建物の全体像を把握するのが困難。三方から撮影した写真が下記の通りだが、こうして見ると全体の形状的なインパクトが弱く、ただ非常階段の渦巻き状デザインが目立って、27年前の感動が色褪せてしまった。

気を取り直し、シティの定番観光地であるセント・ポール大聖堂(St Paul's Cathedral)へと歩いて行った。17世紀の建築家、クリストファー・レン(Christopher Wren)の手になるバロック様式の傑作建造物。私は、1981年のチャールズ王太子とダイアナ元妃の結婚式でその存在を初めて知った。大聖堂の正面(西側)から近づくと、象徴的な中央ドームがどんどん奥に隠れていく。この時は小雨気味で雷まで鳴っていた。周辺は少し広場になっており、ぐるっと全方位を見て回ることができる。右側の写真は南側で、セント・ジョンズ・ゲートから帰り、晴れ間から光が差したチャンスをとらえたもの。

二十数年前、オランダに駐在していた時に仕事でイタリアに出張した。ミラノからベニスまで鉄道で移動したのだが、その時立ち寄った中世の趣が強いヴェローナ(Verona)の街並みにいたく感動した記憶がある。十数年前から、ロミオとジュリエットのモデルになった街ということで日本でも紹介され始めたが、当時は日本人に一人も出会うことはなかった。私は自然の地理条件と人工的な造形物の融合された街並みが大好きで、イギリスのヨークに行った時も小道に2階から順にはみ出した家屋に心惹かれ、中世以来の街によくある路地をまたぐ屋根付き渡り廊下などが大好物。

そんな性分ゆえに、ガイドブックで見たセント・ジョンズ・ゲート(St. John's Gate:聖ヨハネの門)にも寄ってみた。セント・ポールから決して遠くは無かったのだが、ロンドン博物館を右手に見ながら観光地とは縁遠い街並みに迷い込み、最後はスマホのナビに頼る始末(私のポリシーに反する)。左下の写真で見れば魅力的だが、写真のフレームから外は、いたく普通の現代建築。アクセスが悪い上に、高知の「はりまや橋」に匹敵する“ガッカリ名所”だった。お勧めはしない。

またまた気を取り直すと再びセント・ポールへと南下し、大聖堂の麓からテムズ川南岸に架けられた歩行者専用の橋・ミレニアム・ブリッジ(The Millennium Bridge)を渡った。右下の写真は、南岸から見たセント・ポール大聖堂の姿。真横から見ると、中央ドームの高さが際立つ。橋からの眺めは良く、特に東側は奥にタワー・ブリッジをとらえることができる。

テムズ川の南岸は、2000年に完成した大観覧車のロンドン・アイ(London Eye)まで、数々の文化施設に面した遊歩道ミレニアム・マイル(Millennium Mile)が続く。夏休みの最中なので路上パフォーマンスが大盛況。右の写真は女性シンガー。私は人を避けて撮影するので殺風景に見えるが、通りはすれ違いが大変なほど観光客で溢れていた。

ロンドン・アイの先は、終点のウェストミンスター橋。そこからは対岸の国会議事堂(Houses of Parliament)がよく見える。現地のBBCニュースでは、屋上に通路を整備しているようなことを言っていた。

今日の目的は、何と言ってもロイズ・ビルだったが、ミレニアム・マイルを通って来たのには理由がある。実は、ロンドン・アイの視察。超人気スポットなので、この観光シーズンの真っ只中、チケット入手と入場にどの程度労力と時間を要するかを確認したかった。案の定、ふと思い立ったからブラリと行ってすぐ乗れるという代物ではなかった。おぞましいほどの長蛇の列。事前に前売り券の購入は必須。

左の写真は、ウォータールー駅へ行く途中のロンドン・アイ。ちなみにウォータールー駅は、2日後から半数のプラットフォームが拡張工事のために1箇月間閉鎖される。

Headmaster / 学院長

1965(昭和40)年生まれ射手座A型のスーパーカーブーム直撃世代。小学高学年でガンディーニ・デザインに魅了される。
時を経て1990年、ロンドン駐在時に英国製の1/43精密モデルカーに出会い収集を始める。1998年の帰国後は、国内の専門ショップに収集拠点を移し、現在に至る。
スーパーカーを主軸とするロードカー・2ドアクーペに車種を限定することで、未組立キットを含め約5000台を収集。
モデルカーの認知拡大、コレクターへの支援、業界の充実発展を願い、主力3700台を『世界モデルカー博物館』に展示。
同時に、展示作品の愉しみ方を解説する本サイト『モデルカー学』を開講。現在も「コレクター道」を実践・追究している。

―2015年5月現在―

2017年6月末に英国ロンドンへ再赴任し、現在ロンドンから欧州の様々な情報をブログとFacebookで配信中。

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